羅泊河ミャオ語 音韻体系
1 音節構造
音節構造は、以下のようである。括弧内の要素は任意のものである。
[ [C1 (C2)]O [(G) V (Co)]R / T ] σ
σ | → | O R / T |
O | → | C1 (C2 = l ) |
R | → | (G) V (Co) |
G | → | {-i-, -u-, -y-} |
V | → | {i, y, e, ø , æ , a, o, u, z} |
Co | → | {-i, -u, -ɴ } |
T | → | {A, B, C} |
(σ:音節, O:音節頭子音, C:子音, R:韻, G:渡り, V:母音, Co:音節末音, T:声調)
2 子音
子音は、阻害音(破裂音と有声破裂音起源の有声摩擦音)、前鼻音化音、鼻音、継続音の4つのセットに分類する。各セットは、有声・無声さらに有気・無気の対立により、無声無気、無声有気、有声(有声音には有気無気の対立はない)の3つに分れる。なお、語彙集においては、声門破裂音 /ʔ/ は標示していない。
阻害音 | 前鼻音化音 | 鼻音 | 継続音 | |||||||||
唇(歯)音 | p | ph | v | Np | Nph | Nb | ʔm | mh | m | ʔw | f | w |
口蓋化唇音 | ʔɥ | ɥ | ||||||||||
唇-硬口蓋音 | pʑ | phɕ | vʑ | Npʑ | Nbʑ | |||||||
歯茎音 | t | th | ð | Nt | Nth | Nd | ʔn | nh | n | ʔl | lh | l |
歯茎音 | ts | tsh | z | Nts | Ntsh | Ndz | s | |||||
歯茎硬口蓋 | tɕ | tɕh | Ntɕ | Ntɕh | Ndʑ | ʔɲ | ɲh | ɲ | ʔj | ɕ | j | |
後部歯茎音 | ʈ | ʈh | ʐ | Nʈ | Nʈh | Nɖ | ||||||
軟口蓋音 | k | kh | Nk | Nkh | Ng | ŋ | ||||||
口蓋垂音 | q | qh | ʁ | Nq | Nqh | Nɢ | χ | |||||
唇音化口蓋垂音 | qw | qwh | ʁw | Nqw | Nɢw | χw | ||||||
声門音 | ʔ |
2.1 調音様式
上記のとおり、4つの子音のセットは、無声無気、無声有気、有声の3つに分れる。鼻音と継続音の無声無気音は、持続部分は有声音であるが、子音が声門閉鎖をともなって開始する。鼻音と継続音の無声有気音は、継続部分のほとんどが無声音で出渡り部がわずかに有声音となるが、体系的には無声無気音の位置を占めると解釈する。‘h’ を子音記号の後においてこれを標示する。
前鼻音化子音について
前鼻音化子音は鼻音要素と閉鎖音要素からなる。本書では鼻音要素を一律に ‘N’ で標示する。調音上の特徴として以下の4点をあげることができる。
(1)鼻音成分と閉鎖音成分は常に同器性を示す。
(2)無声音の前鼻音化子音では、鼻音成分と閉鎖音成分の間に声門閉鎖音が発生する。
(3)他の音節に先立たれている場合には、鼻音成分は先行する音節の音節末音として実現する。
(4)前鼻音化子音から始まる語を先頭に持つ発話では、鼻音成分が脱落することがある。
2.2 調音位置
調音位置として表1にあげたものの中で、2つの調音位置について解説する。
後部歯茎音について
この子音は、破裂解除の後、わずかに摩擦音が続く破擦音として実現することが多い。しかし、前鼻音化音では、破裂音であることが多い。
唇・硬口蓋音について
この子音は、ごく少数の語に出現する子音で、調音上は同時調音であると考えられるが、破裂音の解除の後に有声摩擦音が後続する。唇音と歯茎硬口蓋摩擦音 [ɕ] [ʑ] の組み合わせしかない。また、この子音を持つ語の中には、歯茎破擦音 /ts-/ のバリアントを持つものがあり、/pʑ-/ と /ts-/ をもつバリアントが、一回の発話の中に交替して現れることがある。
2.3 子音のクラスター
子音のクラスターは閉鎖音と側面音から構成される。クラスターを構成する閉鎖音は唇(歯)音と口蓋垂音である。組み合わせとしては、/pl, phl, vl, Npl, Nphl, Nbl, ql, qhl, ʁl, Nql, Nqhl, Nɢl/ の12種存在するはずであるが、語彙集には、/Nphl/ は現れない。
3 母音
母音は9個で、そのうち8個が前舌母音と後舌母音に分かれ、さらに円唇母音と非円唇母音に別れる。開口度は3段である。/y, ø, æ/ の3つの母音は、唇音と口蓋化唇音にのみ現れる。この他に、/z/ [z̞] があり、これはやや噪音の少ない有声歯茎摩擦音である。子音的であるが、母音として機能する。
前舌 | 後舌 | |||
非円唇 | 円唇 | 非円唇 | 円唇 | |
高 | i[i] | y[y] | u[u] | |
中 | e[ɛ̝] | ø[œ̝] | o[ɔ̝] | |
低 | æ[æ̞] | a[ɑ] |
母音の位置異音について
(1)母音の /i/ は、/w/ など唇継続音の後では、[ei] のように発音される。
(2)母音の /e/ は、唇音と歯茎音の後では、[jɛ̝] のように発音される。また、唇継続音、唇音化口蓋垂音の後ではやや広く、[ɛ] のように発音される。
(3)母音の /e/ は、歯茎硬口蓋音、口蓋化唇音を音節頭子音とし、韻を /eɴ/ とする音節中では、[ɪ] に接近する。
(4)母音は音節末音 /ɴ/ の前で鼻母音化する。
4 音節末音
/-i/, /-u/, /-ɴ/の3つがある。/-ɴ/はしばしば脱落する。
5 声調
羅泊河ミャオ語は3つの声調を持つ。A声調は中降り調、B声調は高平調、C声調は中昇り調である。
ミャオ・ヤオ語祖語 | *A *D | *B | *C |
羅泊河ミャオ語 | A | B | C |
調値 | 42 | 55 | 24 |